(承前)それは、ある方との打ち合わせのために、某社を訪ねたときのことでした…… → COOKING


文学を歩く


『雁』森鷗外

不忍池コース


ここで、以前にした仕事を公開します。

事例として森鷗外の散歩道をご案内します。作品は『雁』。「かり」じゃなくて「がん」だからね、これ。

 ①無縁坂 → ②不忍池の北側 → ③『松源』や『雁鍋』があった広小路 → ④狭い賑やかな仲町 → ⑤湯島天神 → ⑥臭橘寺(からたち寺=麟祥院)の角を曲がって帰る → ⑦下宿

 

 もしくは、⑤仲町を右へ折れて → ⑥無縁坂 → ⑦下宿

 

 以上は、『雁』の主人公がよく使った散歩道のひとつです。

 作中に登場する店、たとえば仲町の南側『たしがらや』や『松源』はすでに存在しません。ですが、『蓮玉庵』(蕎麦店)は、明治の頃とは場所を変えて、今も仲町通りに健在です。

 

 主人公が散歩から帰る下宿は、現在の東京大学鉄門周辺にあったと考えられ、このコースは実際に森鷗外が好んで歩いた道とも言われています。描写された古本屋さんは激減しており、当時とは滄桑の変です。上野にある鷗外の旧居も、保存にあたっていたホテルがコロナ禍の影響で休館、移築を検討とも報じられています。できることなら、当地で残す道を…。

 

 湯島天神の東側「すき焼 江知勝』は、明治4年創業の老舗でした。少し贅沢をして、文明開化当時の「牛鍋」を堪能するコースを、現代版の散歩道として推奨していましたが、残念なことに2020年に閉店。建物は解体されました。現在、お薦めできる店を探索中です。

 

 食事をとったら、腹ごなしに旧岩崎邸庭園へ参りましょう。こちらは国と都が管理しています。財閥との格差を感じつつ、諸行無常を感じさせる散歩になること請け合いです。

 

 ここで豆知識です。

 書籍を刊行すると、出版社から著者に対して「印税」が支払われます。この「印税」を日本で初めて導入した作家は、いったい誰だったでしょうか?

 

 そうです、答えは森鷗外なんです。

 

 それまで著者に対する出版社からの報酬は、原稿料(原稿用紙1枚に対する代金)で支払われていました。その仕組みを、森鷗外は著作の売上高(印刷部数)に応じた報酬とする方式(つまり印税方式)に変えて契約しました。その割合は、なんと25%。今では考えられないほど高い歩合です。いや、有名作家ならあるのかな……?

 それはともかく、以後、この印税方式が一般化して現在まで続いているわけです。さて、100年続いたこの印税方式も、ネット時代になって変化を迫られているはずです。それは、まさに鷗外さんの散歩道が100年前とはまるで違った風景となったように……。ネット時代でも、どうか書き手が食べていける方式になってくれるよう、願うばかりです。。。