テスト版

道後温泉@愛媛県


行った人しか知らない

道後温泉の秘密

鹿子沢ヒコーキ


 

作品:『坊ちゃん』夏目漱石

 

日本近代文学の原点。中学生で初めて読んだときは、表紙カバーにある紹介文どおりに、東京からやってきた青年教師の青春物語として表面的なことしか理解できなかった。ところが、大人になって読み返すと、地方(田舎町=ヨーロッパから見た日本)へのアイロニー(皮肉)や、学校(日本)という組織の息苦しさが手に取るように読み取れて、二重の意味でおもしろく感じる。100年間、読み継がれている理由なんだね。


道後温泉 文学旅行

 ボクが取り上げるまでもなく、すでにいろいろなところで書き尽くされている。

 

 たとえば、建物は国の重要文化財に指定されているとか、東側にある又新殿棟はVIP専用だったので御成門があるとか、『伊予国風土記』には聖徳太子が絶賛したと記されているとか、天智天皇と天武天皇の愛人だった額田王も立ち寄ったとか、そんな旅行ガイドのような話を書き連ねても〝なんだかなぁ〟となるだけだろう。

 

 なにせ、これは文学旅行なのだから。

 

道後温泉 文学旅行

 夏目漱石とのゆかりについても、ネットを泳げばどうということなく、簡単に探り当てられる。いわく……

 1、『坊っちゃん』のなかでは、道後温泉は「住田の温泉」として登場する

 2、有名な「坊っちゃん泳ぐべからず」の木札は、残念ながら女子は見ることができない(「神の湯」の男子浴室に掲げられている。考えてみれば当然か……)

 3、明治28年に漱石が松山中学の英語教師だった当時はまだ木の香りが漂う新築だった

 4、漱石は当時、病気療養中の正岡子規や高浜虚子と一緒によく通っていた

 5、漱石が利用した3階には、松山中学の同僚だった〝うらなり〟や〝山嵐〟らの写真が展示されている

 6、道後温泉で貸し出される手ぬぐいは、小説にあやかって赤くデザインされている

道後温泉 文学旅行

 ……などなど、いずれも事実だった。

 

 以上のほかにも、各方面での〝ゆかり〟は数多い。

 さすがは日本三大古湯の道後温泉である。

 

 現地へ旅行しようとすれば、おおかたそうした情報を入手して行くだろうから、漱石ゆかりの文学旅行といっても、何をか言わんや、といった状況だ。

 

 さて、どうしよう……。

 何か特別なことを言わなきゃ……。

 

 というわけで、僭越ながら、ここでも出来ることといえば「体験」なのであった。

 


都市伝説か? 今も残る

アカデミズムへの影響


道後温泉 文学旅行

 結論から言ってしまおう。道後温泉で使われている石けんは、ミカンの香りなんである(笑)。これはネットで探しても、なかなかたどり着けない情報だと胸を張る私……。だいたい道後温泉を「石けん」で検索する人は少ないはずだ(笑)。

 

 さすがは愛媛県、実に最適なチョイス。旅の疲れを癒やすのにもいい。抵抗のある方もおられるかもしれないが、できれば自前のソープ類ではなく、備え置きの石けんを使ってみてください。風呂から出てもしばらくミカンの香りに包まれること、請け合いです。

 

 甘く爽やかな香りをまとったら、3階の個室へ行こう。2階の大広間で老若男女混ざるのも楽しいが、文学旅行的には個室利用(1550円券)をお奨めします。そこで坊ちゃん言うところの「女が天目へ茶を載せて出す」を体験しよう。2階の大広間でも茶菓子の提供はあるが、どうやら種類が違うようである。こちらは〝坊ちゃん団子〟が出てくるので、色とりどりの串を楽しもう。そして、冬でなければ戸を開けて外気を感じていただきたい。1階の風呂場から、桶の当たる〝カコーン〟という抜けた音が聞こえてきて、何とも言えない風情に酔うことができる。この情感は、東京ではもう味わえない。

 

 ところで、いつだったか、ある理系の大学教授と飲んでいて、こんなことを教えられたことがある。本当かどうか、今でもボクには定かではない。

「文系だと、なかなか博士号が取れない。なぜだか知ってる?」

 今では積極的に取らせるよう、どこからか指導されているとも聞くが、つい最近までは文系での博士号は本当に珍しいことで、多くの場合、例の〝単位取得退学〟である。

「それはね、夏目漱石が博士号を持ってないからだよ」

 ……嘘だろ、と思った。

 顔にそう書いてあったのだろう、教授は真顔で「本当だよ」と付け加えた。

 文系で博士号が取れなくても、これまで世の中はまわっていたのだから、それほど大きな問題ではないかもしれない。ただ、漱石先生が持ち出されるのは唐突感がある。学生からみれば、アカハラ的にも、経済的にも、たまったものじゃないだろう。それが理由?と、学術評価の基準に疑念も生じよう。まったく、そんなところにこだわっているから全国の大学から文学部が消滅していくんだよ……あっと、これは根拠のない戯れ言です。

 

 ……しかし、この話がもし本当だとして、果たして漱石先生は草葉の陰で何と思っているだろう。きっと胃に苦い痛みを感じているに違いない。これも根拠はないけれど。

 

 たとえばこれが森鷗外だったら、どうだろうか。さもありなんといったふうに、草葉の陰でも微動だにしていないはずだ。繰り返す、これもまったく根拠はない。もともと医師だったこともあって、鷗外さんは文学の博士号を持ってないのでは?(……と思いきや、これが持っているようなのだ)。ただ、そんなふうに考えていくと、文系の博士号を取れない理由が漱石先生で良かったようにも感じる。やっぱり、のけぞってふんぞり返っているような鷗外さんより、博士号を持っていない(正確には辞退した)漱石先生のほうが好もしい。根拠は……

 もう繰り返さなくていいか。